ガチガチに固まった「拘縮鼻」をどう治すか|瘢痕解除と肋軟骨による他院修正の全貌

日々の診療において、鼻の修正手術のご相談は非常に多いのですが、その中でも特に難易度が高く、専門的な知識を要するのが「拘縮」を起こしている症例です。

「鼻先が非常に硬く、動かない」 「皮膚表面がデコボコしている」

これは、単に「形が気に入らない」というレベルの話ではありません。 度重なる手術や感染のダメージで、鼻の中の組織が傷つき、異常に硬くなってしまっている状態です。医学的には「瘢痕拘縮(はんこんこうしゅく)」と言います。

こうなってしまうと、「プロテーゼを入れ替える」とか「鼻先を少し整える」といった普通の修正手術では太刀打ちできません。 硬くなった組織のせいで皮膚が伸びなくなっているので、小手先の修正をすればするほど、逆に変形が悪化してしまうからです。

必要なのは、一度壊れてしまった構造をリセットし、ゼロから丈夫な鼻を作り直す「再建手術」です。

今日は、この「拘縮鼻」が発生するメカニズムと、それを改善するための具体的な術式(癒着剥離、肋軟骨移植、中顔面手術)について、医学的根拠に基づき解説します。 また、実際に拘縮を起こしていた鼻に対し、これらの手技を用いて修正を行い、術後1年が経過した症例の治療経過もご紹介します。

目次

なぜ、鼻は硬く変形するのか

傷跡が縮む力=「拘縮」

手術をすると、切った場所や剥がした場所には、治る過程で必ず「瘢痕(はんこん)」という組織が作られます。いわゆる体の内側の「傷跡」です。 通常なら、この傷跡は時間が経てば柔らかくなって馴染んでいきます。

でも、短期間で何度も手術を繰り返したり、術後に菌が入って炎症が長引いたりすると、体が過剰に反応して、この瘢痕組織を大量に作ってしまいます。

厄介なのは、この瘢痕組織には「ギュッと縮む性質」があることです。 分厚い瘢痕が鼻の中で積み重なると、強力なゴムで内側から引っ張られるように鼻全体が縮んでしまいます。

その結果、

  1. 皮膚が硬くなる:柔軟性がなくなり、カチカチに固まる。
  2. 鼻が短くなる:縮む力で鼻先が持ち上がり、豚鼻(アップノーズ)になる。
  3. 表面がボコボコする:中の引きつれが表面に浮き出て、波打つような凹凸ができる。

これが「拘縮鼻」です。

中が「ひと塊」になってしまっている

健康な鼻は、皮膚、脂肪、軟骨などが、それぞれ独立した層として分かれていて、お互いに滑らかに動きます。だから、笑ったり喋ったりしても自然に動きます。

しかし、拘縮した鼻は、これらの層がすべて癒着してベッタリとくっつき、ひと塊になっています。 皮膚と軟骨がガッチリ一体化しているので、皮膚に余裕が全くありません。 この状態で無理に鼻を高くしようとすれば、硬い皮膚が軟骨を押し潰すか、逆に軟骨が皮膚を突き破ってしまう危険があります。

治すための工程① まずは徹底的に「剥がす」

では、どうすれば治せるのか。 修正手術というと、どうしても「高さを出す」「長さを出す」といった『足し算』をイメージしがちですが、ガチガチに固まった鼻で最初にするべきは、「入れること」ではなく「硬くなってしまった組織を取り除くこと」です。

癒着を剥がして、リセットする

まず、中でくっついてひと塊になってしまった組織を、本来あるべき層の通りに、一枚一枚丁寧に剥がしていきます。これを「剥離」と言います。

過去に入れたプロテーゼや糸を取り除くのはもちろんですが、それを取り囲んでいる石灰化したカプセル(被膜)や、分厚く硬くなった瘢痕そのものを、徹底的に取り除きます。 縮こまっている皮膚を裏側からしっかり剥がして、パンパンに張っている緊張を解いてあげる。そうやって、皮膚に「伸び代」を作ります。

この作業はとても地味で時間がかかりますが、この工程を疎かにすると、その後にどんなに良い軟骨を使っても絶対にきれいな形にはなりません。 まずは組織の緊張を解いて、柔らかさを取り戻すこと。これが何よりも大切です。

治すための工程② 「肋軟骨」で負けない柱を立てる

皮膚を剥がして柔らかくしたら、次は鼻の形を作っていきます。 ここで問題になるのが、拘縮した皮膚が持つ「縮もうとする力」の強さです。

なぜ、耳の軟骨じゃダメなのか

手術中に皮膚を柔らかくしても、術後、傷が治る過程で皮膚はまた縮もうとします。 この強烈な圧力に負けない頑丈な「柱」を立てないと、鼻はすぐにまた短くなり、潰れてしまいます。

修正手術でよくある「耳の軟骨(耳介軟骨)」や「鼻中隔軟骨」だけでは、この強度が足りないことがほとんどです。柔らかい軟骨だと、皮膚の力に負けて曲がったり、吸収されてなくなったりしてしまいます。

「肋軟骨」を選択する理由

そこで、僕は拘縮鼻の修正には、迷わず「肋軟骨」を使います。これは体の中で一番大きくて、硬い軟骨です。

  • 強い:皮膚が縮もうとする力に負けず、作った形をキープできる。
  • たっぷりある:鼻中隔延長や鼻筋など、必要な材料を十分に確保できる。
  • 安全:自分の体の一部なので、アレルギーや拒絶反応がない。

肋軟骨を精密に加工して、がっちりとした土台を組み上げる。 これくらい強固な構造を作って初めて、拘縮した鼻をきれいに伸ばすことができるのです。

治すための工程③ 骨格と周囲の調整

鼻そのものの構造を直すことは絶対条件ですが、それだけでは解決しない問題があります。それが「土台(骨格)」の位置関係です。

鼻だけを直しても「顔」は変わらない

鼻の付け根である「中顔面」が奥まった位置にあるまま、鼻先だけを前に出してしまうとどうなるでしょうか。 鼻だけが顔から浮いて見えたり、鼻先だけが唐突に強調されすぎてしまうことがあります。

「思っていた鼻にならない」 「鼻の形はきれいになったのに、顔全体の印象が良くならない」

修正手術後にこうした悩みを抱える方が多いのは、土台の陥没が見過ごされているからです。

鼻柱の付け根も「土台」の一部

陥没しているのは小鼻の付け根(鼻翼基部)だけではありません。鼻の真ん中の柱の付け根(鼻柱基部)も、中顔面陥没の影響で奥まって見えることがあります。 すると、鼻柱がしっかり立ち上がらず、鼻から人中(鼻の下)へのつながりが弱くなり、違和感の原因となります。

土台再建の要となる「猫貴族手術」

中顔面の土台が後方にある場合、鼻柱基部と鼻翼基部のどちらか一方だけを補っても、この違和感は解消されません。 この“ふたつの支点”を同時に整えるために、僕が術式として確立したのが「猫貴族手術」です。

これは、肋軟骨を用いて小鼻の付け根と鼻柱の付け根を同時に前へ持ち上げ、中顔面をより解剖学的に正しい位置へ近づける手術です。 美容整形というより、どちらかというと顔面外科的な「骨格移動」の概念に近いアプローチです。

これにより、以下の効果が得られます。

  • 中顔面の立体感が出る:顔の中央が物理的に前に出ることで、平坦だった顔立ちに奥行きが生まれます。
  • 口元突出の印象が和らぐ:鼻の基部が前方へ出ることで、相対的に口元が引き締まって見え、Eラインが整います。
  • 鼻翼と鼻柱のバランスが整う:両方を同時に持ち上げるため、ACR(小鼻と鼻柱の位置関係)が自然な形で保たれます。

フチの引きつれには「鼻孔縁下降術」

また、拘縮が強い方の中には、鼻の穴のフチが引きつれて持ち上がって変形してしまっている場合があります。

この引きつれが目立つ場合には、「鼻孔縁下降術」を行います。 フチを下げて自然なカーブを作ります。


実際の症例:術後1年の経過

他院で何度も手術を受け、鼻先が硬くなり、変形に悩まれていた患者様です。

症例データ

  • お悩み:鼻先が硬い、動かない、表面がボコボコしている、鼻の穴が変形している
  • 施術内容
    • 鼻中隔延長術(肋軟骨)
    • 鼻尖形成術
    • 隆鼻術(肋軟骨)
    • 鼻孔縁下降術
    • 猫貴族手術(中顔面の陥没修正)

歪みとボコボコ感の消失

術前(左)では、鼻筋のラインに歪みがあり、皮膚の突っ張りによるゴツゴツとした質感が目立ちます。 一方、術後1年(右)では、これらの歪みやでこぼこ感が消失し、鼻筋が通った滑らかな輪郭が形成されています。無理な太さや違和感はなく、顔の中心軸が整いました。

【鼻孔】構造の再構築

下方からの視点では、構造の変化が顕著に現れます。 術前は支柱の崩れにより鼻先が圧潰し、鼻孔の左右差が生じていました。 術後は、鼻柱が正中にしっかりと立ち上がり、鼻尖の高さが確保されています。また、猫貴族手術によって鼻翼基部(土台)が持ち上がったことで、埋没していた鼻翼の形状が改善し、鼻孔が理想的な「ハの字」を描いています。

短鼻変形の解除

術前の横顔は、鼻先が短く、顔の中に埋まり込んだような「詰まった印象」を与えます。これは拘縮鼻特有の変形です。 術後は、鼻先が適切な位置まで延長され、鼻筋から鼻先にかけてスムーズなカーブが形成されています。 過度に尖らせるのではなく、あくまで「自然な忘れ鼻」のバランスに着地しています。

鼻孔縁のM字変形修正

術前は拘縮の影響で鼻の穴のフチ(鼻孔縁)が上方へ引きつれ、変形していました。この鋭角なラインが、鼻の変形の印象を強く見せてしまう要因の一つです。 ここに「鼻孔縁下降術」を併用した結果、術後はフチのラインがなだらかに下降しています。 わずか数ミリの差ですが、このカーブが鼻の印象を柔らかく、自然なものに変えています。

まとめ

一度固まってしまった鼻を治すのは、簡単な手術ではありません。 組織の癒着を剥離し、欠損・変形した構造を自家組織で再建するというプロセスは、美容外科というよりも形成外科・再建外科の領域です。

ですが、正しい手順を一つひとつ踏めば、今回の症例のように自然な状態を取り戻せる可能性は十分にあります。

修正手術で一番大切なのは、手術の前に「鼻の中がどうなっているか」を正確に知ることです。 骨の形はどうなっているか、軟骨は残っているか。 当院では必ずCTを撮って、今の状態を正しく診断した上で、無理のない計画を立てています。

現状の症状でお悩みの方は、まずは一度診察にお越しください。

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