豊胸手術から長期間が経過したシリコンバッグは、知らぬ間に破損や変形を起こしているケースが多々あります。
今回は、20年前に挿入したバッグの破損が人間ドックのCTで判明し、胸の変形と左右差の改善を求めてご来院された患者様の修正症例です。体内に漏れ出たシリコンの処理から、最新インプラント(Motiva)への入れ替え完了までの工程を、実際の術中映像・写真とともに詳しく解説します。
【症例概要】術前の画像所見と治療計画
10〜20年ほど前に豊胸手術を受けられた方からのご相談は年々増えています。当時のバッグは経年劣化によるトラブルが出やすい時期を迎えているためです。今回の患者様も長年自覚症状がありませんでしたが、健康診断を機に胸の内部の異常が判明しました。
- 患者様のお悩み・ご来院の経緯:
- 約20年前に大胸筋下へしずく型シリコンバッグ(約220ml)を挿入。
- 人間ドックのCT検査で「左胸のバッグ破損」を指摘され受診。
- 左胸上部が不自然に盛り上がり、左右差が目立つ状態(バッグの上方ズレ、または回転疑い)。
- 乳腺外科での定期健診も受けており、リンパ節の腫れなどはありませんでした。
- 術前CT検査の診断:
- 左胸: 外殻(シェル)が破損し、ボリュームが減少。周囲の被膜内にシリコンジェルが漏出していると診断。
- 右胸: 外殻の連続性が保たれており、滲み出しがなければ漏出はないと予想。
- 診察と手術の計画:
- アンダーバスト(胸下溝線)にある過去の手術瘢痕を切除し、左右のラインが揃うよう再デザイン。
- 鎖骨から乳頭までの距離が左側のほうが1cm長いため、完全な左右対称には限界がある点を共有。
- 新しいバッグ:自然なサイズをご希望のため、左右ともにMotiva MINI 200mlを採用。
- 乗馬の習慣があるため、大胸筋やポケットの安定を考慮し、術後1か月間は激しい運動を控えて安静を指示。

なぜ20年経過したシリコンバッグの放置は危険なのか?
シリコンバッグは医療用材料ですが、一生涯劣化しない素材ではありません。日常の動作や体圧、体温の影響を受け、時間とともに劣化していきます。
経年劣化の目安と「サイレント・ラプチャー」
一般的にシリコンバッグの耐久年数は10〜15年程度です。20年近く経過すると素材が硬化・脆弱化し、破損リスクが大きく高まります。
「バッグが破れたら激痛が走る」と思われがちですが、実際は自覚症状がないまま破れている「サイレント・ラプチャー」が半数以上を占めます。体内ではバッグの周囲を「被膜」というコラーゲンの膜が包んでいるため、ジェルが被膜内に留まっている間は痛みを感じにくいためです。そのため、検診のCTやエコーで初めて判明するケースが多く見られます。
破損を放置する3大リスク
破損を放置すると、漏れ出たシリコンジェルが周囲組織を慢性的に刺激し、以下のトラブルを引き起こします。
- 被膜拘縮(カプセル拘縮): 異物反応によって膜が分厚く硬くなり、胸がボールのように固まり変形します。進行すると強い痛みを伴います。
- 位置のズレ・変形: 硬く縮んだ被膜に押され、バッグが上部(鎖骨下)へ押し上げられたり回転したりして不自然な段差が生じます。
- つぶつぶ状のしこり(異物肉芽腫): 漏れたシリコンを体が排除しようとして、奥深くに硬いイボ状・タピオカ状の組織が無数に形成されます。
これらは自然に治ることはなく、放置するほど組織の癒着が進み、将来的な手術の難易度が高くなります。
【手術解説】抜去・洗浄からMotiva入替までの実際
手術は全身麻酔下で行われました。以前の手術によるアンダーバストの傷跡を切除しながら組織へアプローチします。
1. 破損したバッグの取り出しと破片の捜索
まず右胸から剥離を進め、バッグを取り出しました。CTの事前診断通り破れはなく、無傷の状態で抜去できました。ただし、20年の経過によりシェルは黄色く変色していました。
続いて破損側の左胸の被膜を切開したところ、内部からドロドロに漏れ出たシリコンが流出しました。吸引器でジェルを吸い取りながらバッグを取り出したところ、外膜は大きく裂け、一部がちぎれて欠損していました。体内に破片が取り残されるのを防ぐため、ポケットの奥深くまで入念に捜索し、欠片を残らず回収しました。

2. 奥にできたイボ状のしこり(肉芽)の除去と徹底洗浄
破損バッグを取り出した後、ライト付きレトラクターでポケット奥を展開して観察しました。漏れたシリコンに長年触れていた被膜の内壁全体に、タピオカ状・イボ状の硬い肉芽組織が無数に形成されていました。
これを放置して新しいバッグを入れると、術後の感染や拘縮再発、痛みの原因となります。電気メスや鉗子を用い、胸壁や筋肉を傷つけないよう慎重に肉芽を掻き取り、摘出しました。その後、大量の生理食塩水でポケット内を何度も反復洗浄しました。
また、左胸は内側から下側(内尾側)のスペースが狭く硬く癒着していたため、バッグが上へ押し上げられていました。そこで下部と内側の剥離を追加し、新しいバッグが正しい位置に収まるポケットを再構築しました。
3. 専用器具(スリーブ)を使った清潔なMotivaの挿入
洗浄と止血を完了後、新しいインプラント(両側Motiva MINI 200ml)を挿入しました。
挿入時は、皮膚の常在菌がバッグに触れて感染を起こすのを防ぐため、滅菌器具「ケラーファンネル(EZスリーブ)」を用いた非接触手技(皮膚に直接触れさせない無菌挿入)を採用しました。抗生剤液を満たしたスリーブから滑り込ませることで、以下のメリットが得られます。
- 感染リスクの最小化: 皮膚や外界に触れず無菌的に留置可能。
- 切開創の最小化: 無理な力をかけず、小さな傷口からスムーズに挿入。
- バッグへのダメージ防止: 素材に過度な摩擦や負荷を与えない。
4. 体を起こして位置を確認し、きれいに縫合
両胸にMotivaを留置後、手術台を起こして上体を約60〜70度起こした座位でバストの最終確認を行いました。重力がかかった状態での高さ、ボリューム、左右差、アンダーバストのラインをミリ単位で確認します。
位置が完璧であることを確認後、アンダーバストの深部筋膜と皮下組織を吸収糸で強固に固定し、皮膚表面をごく細いナイロン糸で精密に縫合しました。術前に目立っていた左胸上部の盛り上がりは綺麗に解消し、自然な丸みと左右バランスが整いました。
昔入れた豊胸バッグに不安がある方へ
昔入れたバッグのトラブルにお悩みの方は多くいらっしゃいます。しかし、体内で劣化が進んだバッグをそのままにしておくことはリスクを伴います。
定期的な画像検査を受けましょう
バッグの破損や拘縮は、触診だけでは判断できません。特にサイレント・ラプチャーは外見に変化が出にくいため、1〜2年に一度はエコーやCT・MRI検査を受けることをお勧めします。検診時に豊胸バッグが入っている旨を申告し、定期チェックを行いましょう。
私が豊胸修正手術で大切にしていること
破れてしまったバッグの入れ替えや修正手術は、正常な胸に初めてバッグを入れる手術と比べて、格段に繊細で高度な技術が求められます。
- がん研有明病院での乳房再建経験に裏打ちされた解剖学と手技
私はこれまで、がん研有明病院をはじめとする高度医療機関で、乳がん術後のインプラントや自家組織による乳房再建手術を数多く執刀・担当してきました。乳腺や胸の筋肉・神経の複雑な走行、病的な組織の扱いに精通しているからこそ、漏れ出たシリコンや破片を徹底的に回収し、こびりついた肉芽組織や被膜を胸壁を傷めることなく安全に掻爬・切除することができます。 - ミリ単位のポケット再構築と、座位でのバランス調整
乳房再建で培った「左右の対称性と自然な立体感をとことん追求する視点」を活かし、長年の癒着で崩れた内部スペースを正しく作り直します。手術中には必ず上体を起こした座位で重力のかかり方や左右差を確認し、骨格に合わせた最も美しいバストラインへと仕上げます。 - 同じ女性として、不安に寄り添うカウンセリング
「何年も前に受けた手術で、どんなバッグが入っているか分からない」「胸が変形してしまって相談するのが恥ずかしい」と、受診をためらってしまうお気持ちはとてもよく分かります。同じ女性の医師として、お一人おひとりのライフスタイル(運動の習慣やお仕事など)やお悩みに耳を傾け、無理のない最適な治療法をご提案します。
昔入れたバッグの違和感や、検診での指摘でお悩みの方は、お気軽にご相談ください。
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