この記事は 木下 恵里沙 医師(形成外科専門医・美容外科医) が監修しています。
豊胸手術は、胸の大きさや形にコンプレックスを抱える方にとって、外見だけでなく心の自信を取り戻す大切な治療です。
一方で「豊胸をするとがんになるのでは?」という不安の声を耳にすることがあります。その背景にあるのが、BIA-ALCL(乳房インプラント関連未分化大細胞型リンパ腫) という病気です。
BIA-ALCLは、乳がんとは異なり「リンパ腫」という血液のがんの一種です。非常にまれな疾患ですが、2016年頃から海外を中心に報告が増え、日本でも少数ながら症例が報告されています。特にテクスチャードタイプと呼ばれる表面がザラザラしたインプラントと関係があるとされ、アメリカやヨーロッパでは一時的に大きな話題となりました。
「豊胸と悪性リンパ腫(BIA-ALCL)は本当に関係があるのか?」
「発症した場合はどのような症状が出るのか?」
「リスクを避ける方法はあるのか?」
この記事では、形成外科専門医としての知見をもとに、豊胸とBIA-ALCLの関係・発症頻度・症状・治療法・リスク回避のポイント をわかりやすく解説します。
豊胸とBIA-ALCL(悪性リンパ腫)の関係とは?
BIA-ALCLは乳がんではない
まず重要なのは、BIA-ALCLは「乳がん」ではないという点です。
乳がんは乳腺の細胞から発生しますが、BIA-ALCLは免疫に関わるリンパ球ががん化した「悪性リンパ腫」の一種です。胸の中に液体がたまったり、しこりとして見つかったりするため、最初は乳がんと混同されやすいのですが、全く別の病気です。
インプラントとBIA-ALCLの関係
BIA-ALCLは、乳房インプラントを入れた方の中で、特に「テクスチャードタイプ(表面がザラザラしたインプラント)」を使ったケースに多く見られます。
このタイプは被膜拘縮(インプラントの周りが硬くなるトラブル)を防ぐ目的で広く使われてきましたが、その表面形状が長期的に炎症を引き起こし、リンパ腫の発生につながるのではないかと考えられています。
日本と海外での違い
海外、特にアメリカやヨーロッパではBIA-ALCLの報告例が数百件を超えています。これを受けて、米国FDA(食品医薬品局)は2019年に一部のインプラントの回収を発表しました。
一方、日本では使用されてきたインプラントの多くがスムースタイプ(表面がつるつるしたもの)であり、BIA-ALCLの報告は非常に少数にとどまっています。2025年現在でも、日本で確認された症例はわずか数例とされています。
豊胸を受けたら必ず起こるのか?
もちろん答えは「いいえ」です。
豊胸=BIA-ALCLというのは誤解であり、あくまで「非常にまれに起こり得る合併症のひとつ」として認識することが正確です。
ただ、知識を持っていることで、不安な症状が出たときに早めに受診でき、必要な対応につながります。
発症頻度と症状
発症頻度はどのくらい?
BIA-ALCLは豊胸手術を受けたすべての方に起こるわけではなく、発症は極めてまれ です。
海外のデータでは、発症頻度は 数千〜数万件のインプラント手術に1例 程度とされています。報告によって幅はありますが、概ね 2万〜3万件に1件 ほどという数字が多く引用されています。
日本での症例はさらに少なく、これまでに報告されたケースはわずか数例です。これは、日本で主に使用されてきたのが「スムースタイプ(表面がつるつるしたインプラント)」であり、リスクが高いとされる「テクスチャードタイプ」の使用が海外に比べて少なかったことが背景にあります。
つまり、豊胸手術を受けたからといって必ずBIA-ALCLになるわけではなく、そのリスクは非常に低い といえます。
どんな症状が出るのか?
BIA-ALCLの典型的な症状は、手術から数年〜10年以上経ってから急に起こる胸の変化 です。術後すぐに出るものではないため、多くの患者さんが「長い間問題なかったのに突然起きた」と驚かれることが多いです。
主な症状は以下のとおりです。
- 胸の腫れ
片側の胸が急に大きくなる、張ったように感じる。
これはインプラントの周りに「漿液(しょうえき)」と呼ばれる液体がたまることで起こります。 - 胸に水がたまる(漿液貯留)
通常の豊胸後の経過では長期間液体がたまることはありません。術後何年も経ってから液体が急にたまった場合は注意が必要です。 - しこりや硬さ
胸の中にコリコリとしたしこりを触れることがあります。被膜拘縮と似た症状に思えることもありますが、急激に大きくなる場合は検査が必要です。 - リンパ節の腫れ
まれに腋の下のリンパ節が腫れて見つかることもあります。
症状が出る時期
BIA-ALCLは、インプラントを入れてから 平均7〜10年程度経過してから 発症することが多いとされています。
術後すぐに起こるものではなく、むしろ「時間が経ってから」発症するのが特徴です。
症状が出たらどうすべき?
もし「片側の胸が急に腫れた」「水がたまっている」といった症状が出た場合は、自己判断せず すぐに医療機関を受診 してください。
豊胸手術を受けたクリニックが望ましいですが、難しい場合は乳腺外科や形成外科でも構いません。
エコー検査やMRIで液体の有無を確認し、必要に応じて穿刺して液体を病理検査に出すことで診断が可能です。
診断と治療の流れ
診断のステップ
BIA-ALCLが疑われる場合、診断は以下の流れで進みます。
- 画像検査
まずエコー(超音波検査)やMRIを行い、インプラントの周囲に液体がたまっていないか、腫瘤(しこり)がないかを確認します。
特に術後数年以上経ってから急に液体がたまった場合は、BIA-ALCLを疑うサインになります。 - 穿刺による液体採取
インプラントの周りに液体がある場合、その液体を細い針で採取し、病理検査に提出します。
この検査で「ALK陰性CD30陽性の異常リンパ球」が見つかれば、BIA-ALCLの診断が確定します。 - 全身の評価
確定診断後はPET-CTなどで全身を評価し、リンパ節や他の臓器への広がりがないかを調べます。
治療の基本
BIA-ALCLの治療は、外科的にインプラントとその周囲の被膜を取り除く手術 が第一選択です。
- インプラント単体ではなく、周囲にできた被膜も含めて一塊として摘出することが重要です。
- 早期に発見され、病変が被膜の中にとどまっている場合は、この手術だけで治癒するケースがほとんどです。
進行している場合
ごく一部の症例では、しこりが胸の外に広がっていたり、リンパ節に転移している場合があります。
このような進行例では、手術に加えて抗がん剤(化学療法)が必要になることがあります。
ただし、BIA-ALCLは乳がんと違って化学療法が効きやすいタイプとされており、治療成績は比較的良好です。
予後(治療後の経過)
BIA-ALCLは「がん」と聞くと不安が大きくなりますが、早期発見・適切な治療を行えば予後は良好 です。
米国の報告でも、手術のみで治癒する例が多く、死亡率は非常に低いことがわかっています。
逆に、発見が遅れて全身に広がった場合は治療が難しくなるため、早めの受診が命を守るポイント になります。
豊胸手術後の診察でチェックすべきこと
- 片側だけ胸が腫れていないか
- インプラント周囲に水がたまっていないか(エコーで確認)
- 被膜が急に厚くなっていないか
- しこりやリンパ節の腫れがないか
定期的な検診やセルフチェックで異常を早期に発見することが、BIA-ALCLに対して最も有効な「予防策」といえます。
リスクを避けるためのポイントとまとめ
リスクを減らすためにできること
BIA-ALCLは非常にまれな病気ですが、豊胸を検討する方にとって「できる限りリスクを減らしたい」という気持ちは自然です。以下のような点に注意すると安心です。
- インプラントの種類を確認する
日本では現在、BIA-ALCLの発症リスクが高いとされる「テクスチャードタイプ」はほとんど使用されていません。スムースタイプ(表面がつるつるのもの)が主流であり、報告例も極めて少ないため、リスクは大きく下がっています。 - 信頼できる医師・クリニックを選ぶ
安全性に配慮したインプラントを使用しているか、BIA-ALCLを含めた合併症について正しく説明してくれるかは重要です。形成外科の知識を持つ医師であれば、乳房の構造や万一の対応についても的確に判断できます。 - 定期検診を受ける
手術から数年経っていても、年1回程度の検診を受けることをおすすめします。超音波検査や診察でインプラント周囲に異常がないかを確認できます。 - セルフチェックを続ける
ご自身でも、片側の胸が急に腫れていないか、硬さやしこりを感じないか、ときどき触って確かめてみることが大切です。少しでも「おかしいな」と思ったら早めに医師に相談しましょう。
BIA-ALCLは「豊胸をしたら必ず起こる病気」ではなく、発症は極めてまれ です。
それでも、この病気の存在を知っておくことは大切です。不安な症状が出たときにすぐ受診でき、早期発見・早期治療につながるからです。
豊胸手術は、美しさやバランスを整えるためだけでなく、患者さんの自信や生活の質を高めるための治療でもあります。
「安全に受けたい」「安心して選びたい」というお気持ちに応えるため、当院ではリスクの少ないインプラントを使用し、術後のフォローアップにも力を入れています。
胸の手術を考えている方は、ぜひ不安な点を遠慮なくご相談ください。正しい情報と専門的なサポートを得ることで、安心して前向きに治療を選んでいただけると思います。
記事まとめ
- BIA-ALCLは乳がんではなく、リンパ腫の一種(血液のがん)
- 発症は非常にまれ(日本での症例は数例のみ)
- 主な症状は胸の腫れ、水がたまる、しこり、リンパ節の腫れ
- 診断は画像+病理検査、治療はインプラントと被膜の除去手術
- 日本では高リスクのインプラントはほぼ使用されていない
- 定期検診とセルフチェックで早期発見が可能
- 豊胸は安全性に配慮すれば安心して受けられる手術