「メスを使わない」「注射だけで手軽にできる」 そういったメリットから広く普及した「プチ整形」ですが、施術から数年、あるいは十数年が経過してから、予期せぬトラブルに悩まされる方が増えています。
特に僕が懸念しているのが、かつて「安全で長持ちする」と言われていた注入剤「アクアミド」や、近年使用されるようになった「オステオポール(メッシュ素材)」による遅発性の合併症です。
「『2〜3年で吸収されて無くなる』と聞いていた」 「『自分の組織と馴染むから安全』だと言われた」
診察室で、多くの方がそうおっしゃいます。 当時の医師の説明を信じていたのに、なぜか数年経っても無くなるどころか、むしろ鼻が太く腫れ上がり、赤みを帯びてくる。 いわゆる「アバター化」と呼ばれる変形です。
なぜ、「吸収されるはず」のものが、いつまでも残り、形を変えてしまうのか。 今回は、アクアミドやオステオポールが体の中で引き起こしている「慢性炎症」の正体と、それを根本的に解決するための治療方法について解説します。
なぜ、鼻は太く、大きくなり続けるのか
まず、皆さんに知っておいてほしいのは、体の中に入れた異物が「どう変化するか」という病理学的なメカニズムです。 鼻が太くなったり、大きくなるのは、単に入れた注入剤が移動したからだけではありません。もっと複雑で、厄介な反応が起きているんです。
アクアミドの正体と浸潤のリスク
アクアミド(ポリアクリルアミドゲル)は、約97.5%が水、残りの2.5%がポリアクリルアミドという成分で構成されています。 かつては「成分のほとんどが水なので安全」とされていましたが、最大の問題は「非吸収性(体内で分解・吸収されない)」であることです。
ヒアルロン酸であれば、時間とともに分解・吸収されますが、アクアミドは残り続けます。 さらに問題となるのが、周囲の組織と一体化してしまう「組織浸潤」という性質です。
注入されたジェルはひと固まりで留まるのではなく、皮下組織や筋肉の繊維の間に入り込むように広がってしまいます。 こうなると、正常な組織との境界線が曖昧になり、アクアミドだけをきれいに取り除くことが物理的に難しくなります。
また、長期間体内にあることで「バイオフィルム(菌の膜)」が形成されるリスクもあります。 急激な腫れや痛みが出なくても、微弱な細菌感染が続くことで「慢性炎症」が引き起こされます。 鼻の皮膚が赤っぽくなったり、違和感が続いたりするのは、内部でこの慢性的な炎症反応が起きているサインです。
オステオポール(メッシュ)の誤解と実態
次に、最近トラブルが増えている「オステオポール」などのメッシュ製品についてです。 これらはPCL(ポリカプロラクトン)という素材で作られた球状やドーム状の製品で、鼻先に挿入することで高さを出すものです。
よく「2年くらいで自家組織に置き換わるから安全」という説明がなされますが、これは医学的に正確ではありません。 メッシュの穴の中に自分の組織が入ってくるのは事実です。しかし、それは健康な軟骨や肉ではなく、「瘢痕組織」と呼ばれる、傷跡の硬い塊です。
体は異物であるオステオポールに対し、防御反応として周りを硬い繊維で囲い込みます。 メッシュ自体が加水分解されて消えていく過程で、その周りには硬く分厚い瘢痕組織が残ります。 これが、鼻先が団子状に硬くなったり、ボテッと太くなったりする原因です。 「自分の組織になった」のではなく、「傷跡の塊に置き換わった」というのが正しい表現でしょう。
「アバター化」はなぜ起こるのか
アクアミドによる浸潤と、オステオポールによる瘢痕形成。 これらが引き起こすのが、鼻根部(目と目の間)から鼻先にかけてが太く隆起する「アバター化」です。
これは、入れた異物の体積だけで太くなっているのではありません。 慢性的な炎症によって、周囲の皮膚や皮下組織が常にむくみ(浮腫)、繊維化して分厚くなっている状態です。 「吸収されると聞いていたのに、逆に太くなってしまった」 そう感じるのは、異物反応によって自分の組織が分厚く変質してしまったことが主な原因です。
異物が残存する状態での「追加施術」のリスク
鼻が変形してきたり、赤みが出てきたりした時、形を整えるために修正を検討されると思います。 ここで避けるべきなのが、「残っている異物の上に、さらに別の異物を追加する」という選択です。
慢性炎症がある部位への追加は避ける
「鼻筋が太くなってきたから、プロテーゼを入れて細く見せたい」 「凹凸が目立つから、ヒアルロン酸を足して滑らかにしたい」 「鼻先が丸くなってきたから、糸を入れて尖らせたい」
このように考えがちですが、医学的には推奨できません。 すでにアクアミドやオステオポールによって慢性炎症が起きている組織に、新たな異物を入れると、感染や炎症をさらに悪化させるリスクが高まるからです。
「皮膚壊死」や「穿孔」の危険性
炎症を起こして血流が悪くなっている組織の中に、プロテーゼや糸などの新たな異物を入れると、皮膚への負担が限界を超えてしまうことがあります。 その結果、皮膚の血流が途絶えて「皮膚壊死」を起こしたり、異物が皮膚を突き破って出てくる「穿孔」につながったりする危険性があります。
実際、アクアミドの上にオステオポール、さらにその上にヒアルロン酸と、異物が層のように重なってしまっているケースも少なくありません。 こうした「複合異物」の状態は、単独の場合に比べて組織のダメージが複雑化しているため、修正手術の難易度を上げてしまいます。
修正の鉄則は、「マイナス(除去)なしに、プラス(注入・挿入)は行わない」ことです。 まずは原因となっている異物をきれいに除去する。再建や形の修正は、そのあとに行うのが外科医としての原則です。
根本的な解決策:「完全除去」と「自家組織再建」
では、アバター化してしまった鼻を、どうやって元の自然な状態、あるいはそれ以上に美しい状態に戻すのか。 僕が行っている根本的な治療手順についてお話しします。
手順1:異物の完全除去
まず最初に行うのは、異物の完全除去です。 「アクアミド除去」というと、注射器で吸い出したり、小さく切って絞り出したりするイメージがあるかもしれませんが、それでは不十分です。 先ほどお話ししたように、アクアミドは組織に「浸潤」しています。単に絞り出すだけでは、組織の隙間に入り込んだ成分や、バイオフィルムを含んだ感染源を取り除くことはできません。
手術では、鼻の中を切開し(オープン法)、直視下(目で直接見ながら)で除去を行います。 アクアミドが浸潤して変色した組織や、オステオポールと癒着して硬くなった被膜(カプセル)を、正常な組織と見極めながら丁寧に切除・剥離していきます。 これを医学用語で「デブリードマン(感染・壊死組織の除去)」と言います。 この掃除を徹底的にやらない限り、赤みや腫れは引きませんし、再発のリスクが残ります。
手順2:自家組織による再建
異物を除去すると、当然ですがその分ボリュームが減ります。 また、長期間の異物による圧迫で、元の鼻の軟骨(鼻翼軟骨など)が変形したり、溶けて薄くなっていたりすることがほとんどです。 さらに、皮膚自体も炎症でダメージを受けています。
つまり、除去した直後の鼻は、柱が弱く、皮膚も薄くなった状態です。 ここで「除去だけして終わり」にしてしまうと、鼻が低くなったり、拘縮で引きつれたりしてしまいます。 かといって、シリコンプロテーゼなどの異物を入れるのは、感染リスクが高いため避けるべきです。
そこで必要になるのが、「自家組織(自分の体の一部)」による再建です。 この状況で僕が第一選択とするのは、「肋軟骨」です。
耳の軟骨では強度が足りず、鼻中隔軟骨はすでにダメージを受けていることが多い。 その点、肋軟骨は量も豊富で、硬さ(強度)も十分です。 感染に強い自分の組織でありながら、傷んだ鼻を内側から支える頑丈な「柱」を作ることができる唯一の素材と言ってもいいでしょう。
肋軟骨で鼻中隔を延長して土台を作り直し、鼻先や鼻筋にも軟骨を移植して、失われた構造を緻密に組み立て直す。 ここまでやって初めて、安全で美しい鼻を取り戻すことができます。
実際の症例:複合異物(アクアミド+オステオポール)からの生還
ここで、実際に当院で修正手術を行った患者様のケースをご紹介します。 この方は、過去に「馴染むから」と言われてアクアミドとオステオポールを入れ、長期間そのままにされていました。




術前の状態
一見して分かるほど鼻根部が太く隆起し、典型的な「アバター化」の状態でした。 皮膚は常に赤みを帯びており、これは慢性的な炎症が続いているサインです。 鼻先はメッシュの影響で、高さはあるものの、不自然に大きく見えてしまっていました。
実施した施術
1. 異物の全摘出 オープン法で展開し、皮下組織内に広範囲に浸潤していたアクアミドと、鼻先に癒着していたオステオポール、および周囲の分厚い被膜(カプセル)を徹底的に除去しました。
2. 鼻中隔延長術(肋軟骨) 除去によって失われた支持力を回復させるため、肋軟骨を用いて強固な支柱を作成。鼻先の位置と角度を適正な位置に整えました。
3. 鼻尖形成・鼻尖軟骨移植 丸まった鼻先を細く整え、除去した部分のボリュームを補うために、加工した軟骨を移植して自然な形状を作りました。
4. 貴族手術(鼻翼基部プロテーゼの代わりの軟骨移植) この方は鼻の土台(中顔面)も陥没していたため、鼻翼基部に細かくした肋軟骨を移植し、土台からお顔のバランスを整えました。
術後6ヶ月の経過
術後半年が経過し、炎症による赤みはきれいに消失しました。 パンパンに張っていた皮膚の緊張が取れ、不自然な太さ(アバター感)がなくなりました。 肋軟骨で構造を作り直したことで、鼻筋のラインのでこぼこも解消され、鼻筋から鼻先にかけてスッと通った自然なラインが形成されています。 「高すぎる・太すぎる」鼻から、「自分のお顔に合った、健康的な」鼻へ。 見た目の美しさだけでなく、体の中の感染源がなくなったという安心感が、患者様の表情を明るくしていました。
おわりに
今、このコラムを読んでいる方の中には、過去に入れたアクアミドやオステオポールについて不安を感じている方がいらっしゃるかもしれません。
「今はまだ症状がないから」 「腫れていないから問題ない」
そのように判断される方も多いですが、アクアミドやオステオポールによる組織変性は、無症状のまま水面下で進行することがあります。 赤みが出たり、形が変わったりした段階では、すでに皮下組織の癒着や変性が進んでいる可能性が高いです。
安易な追加施術は、将来的に修正手術の難易度を高める要因となります。 しかし、すでに変形が進んでいる状態であっても、適切な手順で異物を除去し、正しい素材(自家組織)で再建を行えば、正常な形態への修復は可能です。
もし、鼻の赤みや不自然な太さが気になっているなら、内部で炎症が起きている可能性があります。 これ以上、ヒアルロン酸や糸などを足すのは控えてください。 まずは「異物を除去する」ことが解決への第一歩です。 一度診察に来ていただければ、今の状態をしっかり診させていただきます。





