鼻の手術(鼻中隔延長術や鼻尖形成術など)は、お顔の中心の印象を劇的に変える、非常に満足度の高い手術です。 しかし、外科手術である以上、そこには必ずリスクが存在します。 中でも、我々医師が最も警戒し、そして患者様ご自身にも深く理解していただきたい最大のリスクが「術後感染」です。
「感染」と聞くと、「薬を飲めば治るだろう」と軽く考えてしまうかもしれません。 しかし、鼻先は血流が非常に繊細な場所です。ここで重い感染が起きると、組織がダメージを受けて穴が開いたり、鼻の形を保てなくなったりと、取り返しのつかない状態になることがあります。
今回は、実際に当院へ相談に来られた患者様の症例(動画)をもとに、感染が引き起こす「組織壊死(えし)」や「穿孔(せんこう)」の仕組み、そしてご自身の鼻を守るための術後管理について解説します。
症例解説「左右の鼻の穴が繋がってしまった」
まずは、こちらの動画の症例をご覧ください。 これが、重度の感染によって引き起こされた実際の状態です。
物理的な「穴」の出現
動画の中で、器具が、右の鼻の穴から左の鼻の穴へと貫通しているのが分かります。 本来、左右の鼻の穴の間には「鼻中隔」という壁が存在し、空間を隔てています。 しかし、この患者様の場合、その壁の中央部分がごっそりと欠損し、非常に大きな穴(穿孔)が開いてしまっています。
なぜ穴が開いたのか?
動画内で僕が「感染して穴が開いてしまった」と説明している通り、これは手術ミスで穴が開いたのではなく、術後に起きた重篤な感染が原因です。
感染が起こると、組織内で細菌と白血球が戦い、大量の膿(うみ)が発生します。 膿が溜まると組織の内圧が高まり、周囲の微細な血管を圧迫します。すると、皮膚や軟骨に酸素や栄養が行き届かなくなる「虚血(きょけつ)」という状態に陥ります。
鼻先の皮膚や粘膜は、ただでさえ血流が弱い末端組織です。そこに感染による虚血が加わると、組織は急速に生命力を失い、「壊死」を起こします。壊死した組織は黒ずんで脱落し、結果としてそこに「穴」が残るのです。
これが「壊死性穿孔(えしせいせんこう)」と呼ばれる状態です。
鼻の「大黒柱」が溶けてなくなる恐怖
この症例のさらに深刻な点は、表面の粘膜に穴が開いただけではないということです。 鼻の形を維持するために最も重要な「内部の構造(土台)」までもが、感染によって溶けて消失しています。
PDSプレートと自家軟骨の消失
この患者様は過去に「鼻中隔延長術」を受けていました。 その際、鼻の支柱を延長するための材料として、以下のものが使用されていました。
- ご自身の鼻中隔軟骨(採取して移植に使用)
- PDSプレート(吸収性の補強プレート)
- 肋軟骨(再建に使用)
本来、PDSプレートは体内で数ヶ月かけてゆっくりと加水分解され、吸収されていく安全な医療材料です。 しかし、感染が起きると話は別です。 感染による強い炎症反応(酸性環境や酵素の活性化)は、PDSプレートの分解を異常なスピードで早めます。さらに、その炎症の波及は、同時に移植していたご自身の軟骨(肋軟骨や鼻中隔軟骨)までもを巻き込み、溶かしてしまうのです。
柱のない家は崩れる
鼻中隔軟骨は、鼻のテントを支える「大黒柱」です。 鼻中隔延長術では、この大黒柱に新たな柱を継ぎ足して高くしたり伸ばしたりします。 しかし、感染によって継ぎ足した柱(移植軟骨・プレート)だけでなく、土台となっていた元の柱(鼻中隔軟骨)までもがダメージを受け、溶けてなくなってしまいました。
動画内で僕が、鼻先を触りながら「ここの軟骨がないから、鼻の土台がすごく弱い」と指摘しているのはこのためです。 土台(柱)を失った鼻は、外側の皮膚の形(見た目)を維持する力がありません。 今はまだ形を保っているように見えても、時間の経過とともに鼻先が沈み込んだり、ひきつれたりして、鼻全体の形状が崩壊していくリスク(鞍鼻変形など)が非常に高い状態です。
修正手術(再建)の難易度
今回のこの症例はかなり難しい症例でした。 なぜ、この状態からの修正がこれほどまでに難しいのでしょうか。
「マイナス」からのスタート
通常の美容整形は、健康な組織に対して行う「ゼロからプラス」の手術です。 しかし、感染後の修正は「マイナスからゼロに戻す」手術です。
- 材料不足: 使える軟骨(鼻中隔)がすでに失われている。
- 組織の硬化: 炎症後の組織はガチガチに硬い瘢痕組織になっており、剥離や操作が困難。
- 血流の悪さ: 一度壊死しかけた組織は血流が悪く、新たな軟骨を移植しても生着しにくい。
形成外科・再建外科の技術が必要
失われた鼻中隔(土台)を再建するためには、肋軟骨などから丈夫な柱を持ってくる必要があります。 また、穴が開いてしまった粘膜を塞ぐためには、周囲の粘膜を移動させて欠損部を覆う「皮弁」の技術も必要になります。
単に「形を整える」のではなく、「失われた組織を作り直す」レベルの再建技術が求められるため、対応できる医師やクリニックは極めて限られてきます。
あなたの鼻を守るための「術後管理」
ここまで、感染の恐ろしさをお話ししてきましたが、感染は「運が悪かった」だけで済ませられる問題ではありません。 医師が清潔操作を徹底するのは当然の前提として、患者様ご自身による「術後管理」と「安静」が、感染リスクを大きく左右します。
鼻にダメージが生じると、鼻の形を保つことが難しくなります。 だからこそ、術後は以下の点を徹底するよう心がけてください。
① 無理をしない・触らない
術後の鼻は、傷を治そうとして必死に細胞が働いている状態です。 「腫れているかな?」「硬さはどうかな?」と気になって指で触ったり、鼻先をつまんだりすることは厳禁です。 手についた雑菌を傷口に擦り込む行為であり、物理的な刺激で血流を阻害する行為でもあります。 マスクをする際も、鼻先を圧迫しないように立体的なものを選んでください。
② 指示された安静期間を絶対守る
「少しならお酒を飲んでもいいか」「軽い運動ならいいか」 これらはすべてNGです。 飲酒や激しい運動、サウナなどは血行を過剰に良くし、腫れ(浮腫)を悪化させます。腫れが強くなれば、それだけ組織の内圧が上がり、循環不全(虚血)のリスクが高まります。 また、寝不足や栄養不足で免疫力が下がれば、細菌に対する抵抗力も弱まります。 ダウンタイム中は、「鼻の養生」を生活の最優先事項にしてください。
③ 違和感・異変を感じたら「早期」に相談する
感染は、初期対応が早ければ早いほど、ダメージを最小限に食い止められます。 逆に、発見が遅れれば遅れるほど、壊死の範囲は広がり、穿孔や変形のリスクが高まります。
以下のサインがあったら、次回の検診を待たずに、直ちにクリニックへ連絡してください。
- 異常な痛み: ズキズキとした脈打つような痛みが、日に日に増している。
- 熱感・赤み: 鼻先が赤く腫れ上がり、触ると熱い。
- 排膿・臭い: 黄色や緑色の膿が出ている、鼻の中から嫌な臭いがする。
- 色の変化: 鼻先の色が赤黒く、または紫色に変色している。
まとめ
鼻整形において、感染は鼻の土台を破壊し、穿孔(穴)や重度の変形を引き起こす最大のリスク要因です。
今回の動画の症例のように、一度失われた組織を再建する手術は、初回の手術以上に高度な技術と長い治療期間が必要になります。 だからこそ、僕たちは感染を未然に防ぐことに全力を注いでいます。
美しい鼻を完成させ、それを長期的に維持するためには、適切な手術だけでなく、患者様ご自身による術後の安静も欠かせない要素です。
もし現在、他院術後の感染トラブルや、鼻の穴の穿孔、変形などでお困りの方がいらっしゃいましたら、諦めずにご相談ください。 形成外科・再建外科の技術を用い、失われた機能と形態を取り戻すための最善のプランをご提案させていただきます。





